万葉集について

本格的な万葉集の発掘調査を

正直言いまして、私のような素人には万葉集を自分で読み解くことはほとんど不可能です。

だからこそ言語や歴史などの専門家に期待するのですが、情けないことに「万葉集は朝鮮語であるはずがない」との大合唱。一番情けないのは朝鮮語の専門家までそんなことを言っていることで、古代朝鮮語の大宝庫が目の前にありながら、李寧煕氏の解読にけちを付けているだけなんて。

そりゃあ、1000年の長きにわたって日本語だと信じられ続けてきた万葉集(それに日本書紀、古事記など)がいきなり実は朝鮮語だったと言われても、急に方向転換するのは無理なのはわかっているけれど、やはりわれわれは真実が知りたいわけで、専門家はそれに答える義務があると思います。

万葉集は開かれた古墳です。どんどん発掘調査して下さい。

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百済・高句麗の滅亡と万葉集

万葉集が書かれた時期は激動の時代だった。

西暦660年に百済が滅亡し、663年に白村江の戦いで、倭国・百済遺民の連合軍が、唐・新羅連合軍に敗れる。668年には高句麗が滅亡する。大量の百済・高句麗の王侯貴族や知識人や職人達が日本列島に亡命してく来る。その数、何千人とも何十万人とも言われる。

そういう時期に万葉集は書かれている。

山上憶良も百済の出身だといわれている(一説では4歳の時父とともに日本列島に渡って来たとも)。万葉集の歌人の中には、はっきりと渡来人だと書かれている者もいる。それも日本の権威ある万葉研究家が言っているのである。

万葉集の中に百済語や高句麗語などで書かれた歌がたくさん入っていたとしても何の不思議もないどころか、当然なことではないか。

それなのに、万葉集は朝鮮語で書かれていないとか、読めないとか、古代朝鮮語の資料はほとんどないので読めるわけがないとか、あまりにも簡単に決め付ける人が多い。

このような人たちは古代の渡来人にまで日本語を押し付けたいのかなあ、と思ってしまう。

7世紀以前の日本列島および朝鮮半島は、今日の日本および韓国・朝鮮とは違うのである。今日の国境感覚で考えてはならない。

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万葉集は開かれた古墳

万葉集は一つの巨大な古墳とも言えるだろうし、4516もの大小さまざまな古墳を含む古墳群とも言えるだろう。

従来の万葉集の解読は、いわば古墳を外から眺めただけの解釈である。それを李寧煕氏はシャベルを持って発掘してみたのである。

そこに李寧煕氏は、石室だの、壁画だの、数々の埋葬品だの見つけてしまった。それらについての解釈は必ずしも李寧煕氏が正しいとは言えないかもしれない。しかし多くの人は、宮内庁でもあるまいに、古墳を発掘したことに文句を言って、昔から伝えられている通りそれらを仁徳天皇陵だの、応神天皇陵だのと言っている。

万葉集は開かれた古墳である。誰が発掘してもかまわない。
発掘の方法はすでに李寧煕氏が説明している。

そろそろ他の人たちも万葉集の古代朝鮮語による発掘調査に乗り出してはいかがだろう?

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万葉集は古代朝鮮語で書かれている

久しぶりに「もう一つの万葉集」や「枕詞の秘密」「天武と持統」「日本語の真相」、および手持ちの「記紀・万葉の解読通信」30冊ほどを読み返してみたが、細部に疑問は多々あるものの、万葉集が古代朝鮮語(百済語、高句麗語、新羅語など)で書かれているという李寧煕(イ・ヨンヒ)氏の説は、基本的に正しいという思いを深めてしまう。

李寧煕説に対する反論でよく目にするのが、「資料が少ないため、古代朝鮮語はほとんどわかっていない。従って万葉集を古代朝鮮語で読むことはできない。」というものだが、万葉集が古代朝鮮語で書かれているならば、万葉集そのものが古代朝鮮語の、それも豊富な資料となるということを見逃している。

また、平安時代に最初に万葉集を解読した学者達(源順など)は多分当時(万葉集の歌が読まれたころより200年から400年も後)の「現代日本語」で解読したのだろうから、方法に問題があると批判されるべきではないだろうか?

もう少し柔軟に万葉集古代朝鮮語説について考えてみたらどうだろう?

一つ注目すべきことは、万葉集の従来の解読では「将見」とか「不相」などは、漢文でないにもかかわらず、「みむ」「あわず」などと漢文のように字の順序をひっくり返して読んでいるのに対し、李寧煕氏は一貫してこれらを語順どおり「マジャバ」「プルサン」などと読んでいる。このことは、私にとって李寧煕氏の解読を信用させる根拠の一つになっている。

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万葉集は漢字のかたまり

万葉集は古事記や日本書紀と同様、漢字だけで書かれています。
歌についての説明の部分は漢文ですが、歌の部分は漢文ではありません。

万葉集といえば普通、「ひむがしの のにかぎろひの たつみえて かえりみすれば つきかたぶきぬ」というように、日本語として読み下したものだけが知られていますが、原文は

東野炎立所見而返見為者月西渡

で、漢字のみ、しかも切れ目もありません。

古代朝鮮でも漢字を使って古代朝鮮語を筆記する方法がありました。それを吏読(りとう、イドゥ)といいます。

当時多くの人が古代朝鮮(高句麗、百済、新羅)から渡来して来たといいます。また古事記や日本書紀の編纂にはそれらの渡来人が関わっていたとも言われます。また万葉歌人の中には渡来人もいると言われています。

それならば、万葉集の歌も古代朝鮮語で書かれている可能性があるのではないでしょうか。しかし漢字という表意文字で書かれているため、それが見えにくくなっているのではないでしょうか?

私は「もう一つの万葉集」などでの李寧煕氏の万葉集の解読がそのまま正しいとは言いませんが、じっくり検討することもなく「万葉集は日本語に決まっている」と簡単に結論を出すのは、あまりにも事を単純にとらえすぎていると思います。

今一度、万葉集をご自分の目で確かめてみてはいかがでしょう?

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