日本古代史

古代史はにぎやか

日本の7世紀以前(西暦700年ごろより前)というのは本当にわからない世界ですね。

邪馬台国がどこにあるか未だにわからない。まあ普通に考えて九州のどこかでしょうけど、最近ではあたかも畿内説で決定みたいな事が言われたりしています。

聖徳太子が実在しなかったというのはもはや定説のように言われています。

ある人が聖徳太子=蘇我馬子=天皇(大王)と言っているのを見て、なるほどと思ってしまいました。聖徳太子は厩戸皇子(うまやどのおうじ)と呼ばれていましたし、「馬子」と「厩戸」で「うまが合う」ではありませんか。日本書紀は歴史を改ざんしているといわれますが、案外正直にこんな推理のヒントを残しているのかもしれません。

李寧煕氏は、第十四代の仲哀天皇と第四十代の天武天皇とが関係あるのではないかと言っています。

こういった説の中に「万葉集古代朝鮮語説」が入っていたって、別に何もおかしくないと思いますが、他の説ならば反論されたり批判されたりすることはあっても、説を唱えたからといって罵倒されることはありません。ところが「万葉集古代朝鮮語説」は唱えるだけで罵倒されるのですね。何かおかしくないですか?

頭から「万葉集は日本語である」と決め付けてかかるというのは、頭から邪馬台国は畿内である、あるいは九州であると決め付けることと同じで、まったく非学問的なことなんですけどね。

もう少し冷静に考え直してみてはいかがでしょうか?

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