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もう少し謙虚に

万葉集が朝鮮語で書かれているという説に対して反対する人の意見を見てみると、もちろんもっともだと思うこともあるものの、どうしてああも感情的になるのだろうか。一般人ならともかく、中にはちゃんとした学者もいるのだ。正直理解できない。

天文学者カール・セーガンはその著「コスモス」の中で、ヴェリコフスキー事件というものに触れています。ヴェリコフスキー事件というのはアメリカのヴェリコフスキーという精神科医が1950年に「衝突する宇宙」という本の中で「比較的最近、木星の中から惑星が飛び出して火星や地球に接近した後金星になった。それまで金星はなかった」という説を発表して大騒ぎになった事件です。

このような、今日的にはまったく荒唐無稽な説に対してさえセーガン氏は

「ヴェリコフスキー事件のよくない点は、彼の仮説が間違っているとか、確立された事実に反しているとか言うことではなく、科学者と自称する人たちが、ヴェリコフスキーの研究を抑圧しようとしたことだ。

科学は自由な研究によって進歩して来たし、自由な研究のために存在する。どんなに奇妙な仮説でも、その長所を考えてみよう、というのが科学である。 不快な考えを抑圧することは、宗教や政治の世界にはよくあることかもしれないが、そのようなことは知識を求める人たちのすべきことではない。科学の研究にとっては、あってはならないことである。 誰が基本的に新しいことを考え付くかは、前もっては知り難いのである。

と言っています。しかもセーガンはヴェリコフスキー説を批判する立場にあった人だったということを知っておく必要があるでしょう。

さて「もう一つの万葉集」は「衝突する宇宙」なのか、それとも、、、

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