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2010年11月

枕詞「あしひきの」は実は「枕」?

いわゆる「枕詞」(まくらことば)と言われるものの中で「あしひきの」は、万葉集の中に百例以上あって一番多いらしいのですが、それが何と古代朝鮮語で「枕」を意味する言葉らしいのですから、冗談みたいな話です。

正確には「長枕」だそうで、韓国では今でも「ウォンナンチム」(鴛鴦枕)といって使用しているそうです。

例えば巻11の2802「或る本の歌に曰く」と注の或る、百人一首では柿本人麻呂作とされ「あしひきの 山鳥の尾の しだり尾の 長々し夜を ひとりかも寝む」とよまれている歌

足日木乃山鳥之尾乃四垂尾乃長永夜乎一鴨将宿

は、

長枕が

ほと、まらを押す

四つ足を押す

端(ほと)えぐり行かむ

たて続きに行きて

相見て夜を明かさむ

という意味になるそうです。
くわしくは李寧煕氏の「枕詞の秘密」を見ていただくとして、「ひとりかも寝む」とはだいぶ違うようですね。

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参考サイト

万葉集 枕詞における用字研究「あしひきの」

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高市皇子の歌は済州語?

李寧煕氏の「日本語の真相」第九章によると、万葉集巻1の9、額田王の歌

莫囂圓隣之大相七兄爪謁氣吾瀬子之射立為兼五可新

と並んで万葉集の中の最難読歌の一つと言われる、巻2の156、高市皇子(たけちのみこ)の歌

三諸之神之神須疑具耳矣自得見監乍共不寝夜叙多

は、全文済州島の言葉で書かれているらしい。

李寧煕氏によると「神之神」は「カシガ」と読んで「行かれるのですね」という意味になるということ。現在の済州島方言では「ガスガ」。1300年の間に「カシガ」が「ガスガ」になっただけでほとんど変化が見られない。済州島は孤立した島なので言葉もよく保存されているようなのである。

歌全体の古代朝鮮語(済州語)による解読は、

三諸之(ミモロシ)

神之神 (カシガ

須疑(スギ)

巳具耳(ペアグニ)

矣自(ウィジャ)

得見監乍(ドミガサ)

(キョオン)

不寝夜叙多(アニシヨソダ)

で、

お墓の土が涸いています

行かれるのですね、貴女は

すぐまたお遭いできるよう

お祈りしましょう

毒を飲ませ

とうとう

行かせてしまいました

という意味になるらしい。

詳しくは本書をご覧下さい。

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万葉集は開かれた古墳

万葉集は一つの巨大な古墳とも言えるだろうし、4516もの大小さまざまな古墳を含む古墳群とも言えるだろう。

従来の万葉集の解読は、いわば古墳を外から眺めただけの解釈である。それを李寧煕氏はシャベルを持って発掘してみたのである。

そこに李寧煕氏は、石室だの、壁画だの、数々の埋葬品だの見つけてしまった。それらについての解釈は必ずしも李寧煕氏が正しいとは言えないかもしれない。しかし多くの人は、宮内庁でもあるまいに、古墳を発掘したことに文句を言って、昔から伝えられている通りそれらを仁徳天皇陵だの、応神天皇陵だのと言っている。

万葉集は開かれた古墳である。誰が発掘してもかまわない。
発掘の方法はすでに李寧煕氏が説明している。

そろそろ他の人たちも万葉集の古代朝鮮語による発掘調査に乗り出してはいかがだろう?

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もう少し謙虚に

万葉集が朝鮮語で書かれているという説に対して反対する人の意見を見てみると、もちろんもっともだと思うこともあるものの、どうしてああも感情的になるのだろうか。一般人ならともかく、中にはちゃんとした学者もいるのだ。正直理解できない。

天文学者カール・セーガンはその著「コスモス」の中で、ヴェリコフスキー事件というものに触れています。ヴェリコフスキー事件というのはアメリカのヴェリコフスキーという精神科医が1950年に「衝突する宇宙」という本の中で「比較的最近、木星の中から惑星が飛び出して火星や地球に接近した後金星になった。それまで金星はなかった」という説を発表して大騒ぎになった事件です。

このような、今日的にはまったく荒唐無稽な説に対してさえセーガン氏は

「ヴェリコフスキー事件のよくない点は、彼の仮説が間違っているとか、確立された事実に反しているとか言うことではなく、科学者と自称する人たちが、ヴェリコフスキーの研究を抑圧しようとしたことだ。

科学は自由な研究によって進歩して来たし、自由な研究のために存在する。どんなに奇妙な仮説でも、その長所を考えてみよう、というのが科学である。 不快な考えを抑圧することは、宗教や政治の世界にはよくあることかもしれないが、そのようなことは知識を求める人たちのすべきことではない。科学の研究にとっては、あってはならないことである。 誰が基本的に新しいことを考え付くかは、前もっては知り難いのである。

と言っています。しかもセーガンはヴェリコフスキー説を批判する立場にあった人だったということを知っておく必要があるでしょう。

さて「もう一つの万葉集」は「衝突する宇宙」なのか、それとも、、、

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万葉集は古代朝鮮語で書かれている

久しぶりに「もう一つの万葉集」や「枕詞の秘密」「天武と持統」「日本語の真相」、および手持ちの「記紀・万葉の解読通信」30冊ほどを読み返してみたが、細部に疑問は多々あるものの、万葉集が古代朝鮮語(百済語、高句麗語、新羅語など)で書かれているという李寧煕(イ・ヨンヒ)氏の説は、基本的に正しいという思いを深めてしまう。

李寧煕説に対する反論でよく目にするのが、「資料が少ないため、古代朝鮮語はほとんどわかっていない。従って万葉集を古代朝鮮語で読むことはできない。」というものだが、万葉集が古代朝鮮語で書かれているならば、万葉集そのものが古代朝鮮語の、それも豊富な資料となるということを見逃している。

また、平安時代に最初に万葉集を解読した学者達(源順など)は多分当時(万葉集の歌が読まれたころより200年から400年も後)の「現代日本語」で解読したのだろうから、方法に問題があると批判されるべきではないだろうか?

もう少し柔軟に万葉集古代朝鮮語説について考えてみたらどうだろう?

一つ注目すべきことは、万葉集の従来の解読では「将見」とか「不相」などは、漢文でないにもかかわらず、「みむ」「あわず」などと漢文のように字の順序をひっくり返して読んでいるのに対し、李寧煕氏は一貫してこれらを語順どおり「マジャバ」「プルサン」などと読んでいる。このことは、私にとって李寧煕氏の解読を信用させる根拠の一つになっている。

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もう一つの万葉集を読む会

最初の記事 でも書いたが、「もう一つの万葉集」の出版後間もなく、「もう一つの万葉集を読む会」という李寧煕氏の後援会のようなものが発足し、会報「記紀・万葉の解読通信」が毎月送られて来た。

私はめでたくも888番という会員番号をもらったのだが、2000人を突破したという会はその後どうしたのか? 外国に住むようになってしまったため、いつ消滅したのかよくわからない。「もう一つの万葉集を読む会」で検索してもほとんどヒットしないし、何だか浦島太郎になったような気分である。

会員の中にはご自身で古代史などに関する本を出版されている方などもおられたし、集団で韓国に旅行したりしてかなり活発に活動していたようなのに、どうしてしまったのか。

会のその後についてご存知の方、私も会員だったという方、ご連絡いただけると嬉しいです。

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法隆寺釈迦三尊像台座の12文字は百済語?

どうしても万葉集が古代朝鮮語で書かれたと言う説に抵抗のある方は、李寧煕氏のシリーズ4冊目の「日本語の真相」の第七章「法隆寺の謎の十二文字を解く」を読むことをお勧めします。

この本では法隆寺の釈迦三尊像の台座から発見された

相見丂陵面楽識心陵了時者

あるいは

相見陵面識心陵了時者

とも読める12の文字と墨画(図)

Houryuji_bokuga

の解読が行なわれていますが、これはかなり真実に近いと思います。

この墨書・墨画は多分百済から派遣されていた職人によって書かれたと思われ、おそらく百済語で書かれたのでしょう。ところが学者によってこの12文字が無理やり漢文風に読まれて、「陵の面(おもて)に相見(あいまみえ)よ、識心陵了(しきしんりょうりょう)を楽う(ねがう)時は」という奇妙奇天烈な解釈がまかり通ってしまいました。

本当はこれは落書きなんであって、そんなくそまじめな内容じゃないんです。
李寧煕氏が解読した結果は、これは日本最古の「大人の漫画」と言うべきものであって、これもまたエロティックな内容なのですが、墨画とあわせて考えてみると非常に納得が行くと思います。また法隆寺からは他にも落書きが発見されていて、その中には男性の性器を描いたものまであり、李寧煕氏の解読が的外れなものではないことを傍証していると言えるでしょう。

解読について詳しくは本書を読むかこちらのサイトをご覧下さい。

それにしてもこれが百済語であるなら大発見だと思うのですが、日本の朝鮮語学者も韓国の国語学者もまったく取り上げていないようですが、なぜなんでしょう?

漢文(中国語)ではない、日本語でもない、百済の職人が来ていた事実、これらを考え合わせて見ると、、、、

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掲示板を作りました

「もう一つの万葉集」を考える掲示板、を作りました。

万葉集が古代朝鮮語で書かれているという説に関する話題なら、何でもご自由に書き込んで下さい。

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万葉集は漢字のかたまり

万葉集は古事記や日本書紀と同様、漢字だけで書かれています。
歌についての説明の部分は漢文ですが、歌の部分は漢文ではありません。

万葉集といえば普通、「ひむがしの のにかぎろひの たつみえて かえりみすれば つきかたぶきぬ」というように、日本語として読み下したものだけが知られていますが、原文は

東野炎立所見而返見為者月西渡

で、漢字のみ、しかも切れ目もありません。

古代朝鮮でも漢字を使って古代朝鮮語を筆記する方法がありました。それを吏読(りとう、イドゥ)といいます。

当時多くの人が古代朝鮮(高句麗、百済、新羅)から渡来して来たといいます。また古事記や日本書紀の編纂にはそれらの渡来人が関わっていたとも言われます。また万葉歌人の中には渡来人もいると言われています。

それならば、万葉集の歌も古代朝鮮語で書かれている可能性があるのではないでしょうか。しかし漢字という表意文字で書かれているため、それが見えにくくなっているのではないでしょうか?

私は「もう一つの万葉集」などでの李寧煕氏の万葉集の解読がそのまま正しいとは言いませんが、じっくり検討することもなく「万葉集は日本語に決まっている」と簡単に結論を出すのは、あまりにも事を単純にとらえすぎていると思います。

今一度、万葉集をご自分の目で確かめてみてはいかがでしょう?

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「もう一つの万葉集」について

  Manyousyu_6 1989年に文芸春秋社から出版された韓国の作家、李寧煕(イ・ヨンヒ)氏の「もう一つの万葉集」は、万葉集を古代朝鮮語で解読するというもので、従来の解読とはかけ離れた内容で大きな反響を巻き起こし、また大きな反発も食らいました。

続いて「枕詞の秘密」「天武と持統」「日本語の真相」「甦(よみがえ)る万葉集」「怕(おそ)ろしき物の歌」など、シリーズとなり出版されましたが、その後どれも絶版となってしまいました。

「もう一つの万葉集」が出版されて間もなく、「もう一つの万葉集を読む会」という李寧煕氏の後援会のようなものが発足され、会誌「記紀・万葉の解読通信」が発行されました。しかしこの会もいつの間にか消滅してしまったようです。

インターネット上では「もう一つの万葉集」に関する記事はちらほらあるだけで、このままではせっかくの李寧煕氏のすぐれた提案も立ち消えになってしまうのではないかと心配しております。

私は現代韓国語が片言できるだけで、言語学、古典文学、古代史など、どれにおいても素人に過ぎませんが、この問題に少しでも関心を持ってもらおうと、このブログを作りました。また自由に書き込める掲示板も作りました。

皆様のご参加をお待ちしております。

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